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東京高等裁判所 昭和56年(う)2118号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人戸枝太幹が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

論旨は量刑不当の主張であって、要するに、被告人は、高校在学時から生活が乱れ、やがて博徒稲川会系富田組に入り無為徒食の生活を送るうち本件各犯行に及んだものであるが、その後昭和五六年一月同組を脱退し、同年三月には運転免許を取得し同年四月からは肩書住居地の旅館春日楼に板前見習として住込んで働くなど被告人の反省の情は顕著で再犯の虞れはないことなどの諸事情に照らすと、被告人を懲役八月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、その刑期を短縮すべきである、というのである。

しかしながら、原審記録を調査して検討すると、本件は、昭和五四年一一月道路交通法違反罪(無免許運転を含む)により懲役六月に処せられ昭和五五年六月に右刑の執行を受け終わった原判示の累犯前科のほかにも、道路交通法違反罪(無免許運転)、毒物及び劇物取締法違反罪により各一回罰金刑に処せられたことのある被告人が、本件当日前橋市内に赴くため、当時所属していた前記富田組の高崎市内の事務所前駐車場から本件普通乗用車を無断で借用して原判示第一の無免許運転に及んだが、同車に暴走族風のステッカーが貼られていたりしたため警察官から停車を命じられて運転免許証の呈示を求められた際、右無免許運転の発覚を免れようとして、運転免許を有する実兄のAの氏名を名乗って免許証不携帯の反則行為を犯したように装い、原判示第二記載のとおり、道路交通法違反事件原票の供述書(甲)氏名欄に同人の氏名を冒書するなどして事実証明に関する私文書一通を偽造し、これを警察官に提出して行使したという事案で、被告人は、前刑終了後六か月余りの短時日のうちにまたも安易に自動車の無免許運転を行ったものであって動機に酌むべきものはなく、前記前科に照らしても被告人はこの種事犯の常習者と認められること、有印私文書偽造、同行使の犯行も大胆且つ悪質であって、被告人の遵法精神の欠如は著しいものがあることなどの諸点に照らすと、被告人の刑責は重いといわなければならないから、被告人が本件後運転免許を取得できたため当面無免許運転の再犯の虞れがなくなったこと、被告人は、原審段階において、前記富田組を脱退し、板前見習となるなど反省の情を示していたことなどの諸事情を被告人のため十分斟酌するとしても、被告人を懲役八月(求刑懲役一年)に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

なお、弁護人は、被告人が当審第一回公判期日の召喚状の送達を受けた後所在不明となったが、調査のため、新たに判決宣告期日を指定し、被告人に対しその召喚状を適法に送達するよう求めたので、当裁判所は、判決宣告のための第二回公判期日を昭和五七年三月一六日午後二時と指定し、同月四日被告人に対しその旨の召喚状を刑訴規則六三条一項本文により肩書住居地宛に裁判所書記官による書留郵便に付して発送し、その送達を行ったが、その適法性について若干付言する。

刑訴規則六二条一項前段は、被告人は書類の送達を受けるため書面でその住居又は事務所を裁判所に届け出なければならない旨規定しているが、その趣旨は、裁判所からする書類の送達を受ける宛先を被告人の意思にかからせることに主眼があり、書面によることを求めているのは被告人の意思を裁判所に対し明確に表示する手段としてであるに止まり、届出を有効と認めるための要件としているわけではないと解されるので、被告人が裁判所に対し書類の送達を受ける住居等について意思を明確に表示したときは、それは刑訴規則六二条一項前段所定の届出による住居等になり、裁判所はその場所を宛先として書類を送達しなければならないとともに、同所に送達すれば足りるという結果が生じるものというべきである。そして、裁判所からの書類は刑訴法五四条により民事訴訟に関する法令の規定(公示送達に関する規定を除く)の準用により送達されることとなるが、民訴法一七一条、一七二条の書留郵便に付する送達は、受送達者の住居等と認めうるものがあり、その場所で本人に書類が受領される蓋然性のあることを前提とすると解されるから、被告人が、刑訴規則六二条一項前段所定の住居等の届出をなした後、全戸不在により通常の送達が不可能となったような場合は、右の方法による送達が許されるが、家族全員が他に転出しあるいは所在不明となって住居等の実体が失われたような場合には、右の方法による送達は許されないと考えられる。他面、刑訴規則六三条一項本文は、住所、事務所又は送達受取人を届け出なければならない者がその届出をしないときは、裁判所書記官は、書類を書留郵便に付してその送達をすることができる旨を定めており、これによると、前示刑訴規則六二条一項に従って住所等の届出をした被告人であっても、家族全員が転居するなどして、もはやその場所に住居の実体が残らない場合には、改めて変更後の住居等を届け出るべき義務を負うことは当然であり、もし被告人が右の変更の届出をしないときは裁判所は、刑訴規則六三条一項本文に基づき、前記届出のあった住居等に宛てて裁判所書記官による書留郵便に付して書類を送達すれば足りるものと解すべきである。そこで、これを本件についてみると、被告人は、原審公判廷において、実家のある前橋市《番地省略》を住居とする旨陳述していたが、昭和五六年四月ころから肩書住居地所在の旅館の寮に住み込んで板前見習を始め、当裁判所からの照会に対しても、被告人の選任した当審弁護人戸枝太幹より、被告人に対する書類の送達は肩書住居地宛にされたい旨の回答があったので、当裁判所はこれを刑訴規則六二条一項前段による被告人の住居の届出であると解し、これに基づき控訴趣意書提出期限の通知及び第一回公判期日召喚状をいずれも右住居地に宛てて送達した。しかし、昭和五七年三月二日開催された第一回公判期日における同弁護人の釈明により、被告人は右送達を受けた後の同年二月初めころ肩書住居地から無断で転出し、約一か月間所在不明のままであることが判明したので、右の場所にはもはや被告人の住居の実体はなくなったものと認めるほかなく、かつ、被告人は刑訴規則六二条一項前段により裁判所に対し書類の送達を受けるべき新たな住居等を届け出なければならない義務を履行していないのであるから、当裁判所は被告人に対し右第一回公判期日において指定した判決宣告のための第二回公判期日の召喚状を刑訴規則六三条一項本文により肩書住居地宛に裁判所書記官による書留郵便に付して発送し、これを送達した次第であり、その手続はもとより適法なものと考える。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉和郎 裁判官 香城敏麿 植村立郎)

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